2015/05/01

Saggio #4

「Si va bene」

 ローマに来てアパートの部屋も見つかり、生活も落ち着いて何年かした時、同居人の2人が日本に帰るというので、1人でここを借り1部屋を仕事場にすることにした。

1980年、滞在許可の問題もあり、個人会社「yuki」を設立した。しかし注文を取りながらアパートの1室で洋服屋をやることは経済的にも大変無理があり、アルバイトの一環として映画のエキストラもやりながらの生活をしていた。そんな生活をしていたある日、あのフェデリコ・フェリーニが新作映画の役者のオーディションをするという情報が入った。
「チャンス、やっと会える」
直ぐに頭に浮かんだ。
実は当時、ギャラが高い事もありエキストラだけでなく役者としても登録しており、その縁でオーディションを受けられることになった。(フェリーニの映画はアジア系やアラブ系の人も割と使われることがあり、そこも運が良かったかもしれない)
ローマには有名な映画の撮影所「Cine Citta」※1があり、その中のフェリーニの事務所でやるとのことだった。
オーディション前日、自分の番が来たらなんと話をしようかと文章を考え、何度も何度も言葉を繰り返していた。
 当日、会場に着くと既に10人くらい並んでおり、ドキドキが止まらなかった。これは役者のオーディションだと怒られるかなど、色々と想像が巡る、、、、。

「Funabashi」と呼ばれた。
ドアを開けて入ると目の前にあのフェデリコ・フェリーニがどんと座っていた!

「初めまして、船橋幸彦と申します。実は今日は役者のオーディションで来たのではありません。私は日本から勉強に来たサルトです。ローマに来て間もないころ、あなたの映画”道”を観てイタリア語の全然分からない私が感動しました。それは何とも説明しがたい特別な思いで、自然にいつしかあなたに服を作りたいと念じていました。あなたの服を作らせてください。」

何とか自分の思いを告げた。
すこしの時間が流れ、、、、

『Si va bene』※2

フェリーニは答えた。

私は安堵と喜びの感情のままその日は帰り、後日事務所に採寸に行った。生地は私が選んだ。上着はチェックのシルク100%、パンツは白無地の麻100%の生地だ。「アルビテル」※3の生地だったと思う。
その後仮縫い、中縫いとスムーズ※4に進み、無事にジャケットとパンツを収めることが出来た。
最後服を収めたときに、フェリーニの本にサインをもらった。そこには
『a yuki con auguri buona fortuna. con abito il grande sarto yuki』
「ユキ、幸運を願う。偉大なサルト、ユキが作ったスーツ(→で直筆の本人の絵)」
と書いてあった。

この本は、今も私の大切な宝物である。


仮縫いの場面

出来上がりを収めた時

サインと作った服を着た本人を直筆で描いてくれた


※1 Cine Citta・・・チネチッタ。イタリア最大の映画撮影所。ローマにあり、フェリーニの事務所もその中にあった。
※2 Si va bene・・・「OK,わかったよ」という意味。
※3 アルビテル・・・今は無い生地のブランドで、イタリア・カルネ社が扱っていた。(カルネ社は今もあり、デルフィノなどの生地を扱っている)当時イタリアのサルトでよく出回っていた。
※4 仮縫い・中縫いなどスムーズには進んだが、いつも同じ雰囲気ではなかった思い出。世界的な監督はやはり独特であった。